1993年10月28日木曜日

ET情報:フィギュアサイズの小人ET

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Small Beings from the Cosmos

soul-guidance.com
http://www.soul-guidance.com/houseofthesun/dp09.htm#9.%20Other%20Small%20Beings

zataz.com
http://zataz.com/news/22682/OpLastResort--swartz--anonymous--hack--acjic.html

pravda.ru
http://english.pravda.ru/science/mysteries/05-04-2007/89132-russian_alien-0/

legendsofamerica.com
http://www.legendsofamerica.com/wy-littlepeople.html

YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=QA01h0BWB9g












(要約)
ET情報:手のひらサイズの小人ET
ペルーの民間伝承(the Peruvian folklore)には小さなETの記録がある。以下ヒスパニック系のUFO研究が運営するサイト「Inexplicata-The Journal」の記事。
「チリのチュスミザ族(Chusmiza)やポロマ族(Poroma)の伝承によれば、アタカマ砂漠(the Atacama Desert)の地下には身長15cm-17cmの種族が住んでおり、付近の住民はそれを知っていた。」。
実際にフィギュアサイズ/手のひらサイズのETはイタリア、ロシア、チリで発見されている。地球各地で発見されたこれらの小人ETが全く同じ構造をしているというのが興味深い。
イタリア
フィギュアサイズのETが世界で最初に発見されたのは1993年、イタリア/ローマのサラリア区(Salaria)から数kmの位置にあるアスコリペルセノ(Ascoli Piceno)のプレタレダクアタ区 (Pretare d'Arquata)。発見されたETはすでに死亡しており、損傷がひどかった。
写真は週刊誌「Visto」1993年10月28日号に掲載、後の1993年11月5日には「i Fatti Vostri(あなたの事実)」というテレビ番組でも紹介された。
ロシア
YouTubeに投稿されたロシア最大の民間連邦チャンネルの1つRen-TVの取材番組のキャプチャ動画(http://www.youtube.com/watch?v=QA01h0BWB9g )は、1996年に発見されたフィギュアサイズのETの番組。動画によれば、1996年、ロシアでフィギュアサイズのETが発見。発見者は精神病の女性で、ETをAlyoshaと名付けミルクとアメを与え保護していたという。しかしその後女性は精神病院に入院、ETは死亡した。
ロシア
2011年4月17日にYouTubeにアップロードされた動画では、ロシアで発見されたフィギュアサイズのETが紹介されている。
発見された場所はブリアチア共和国(the republic of Buryatia)のカバンスキ地区(Kabanskiy district)。2人のティーンエイジャーが街のなかにある林の中で発見した。当時市民はこれを本気にはせず、取材したメエィアも「2人のティーンエイジャーによるイタズラ」として報道、ロシア内務省はこれを「2人が鳥の皮とパンで作ったオモチャ」だとした。そしてその2週後、2人のティーンエイジャーはYouTubeに30分の動画をアップロードした。
私個人の印象からいえば、これはET。パンと鳥の皮からこれは作れない。
チリ
2012年、チリのオクタバ地方(Octava)のイクイク村(village La Iquique)で体長わずか7.2cmのETが発見された。発見者は15歳の少年。遊んでいる時に道路脇の草むらで見つけたという。少年は発見時重体だった7.2cmのETを紙でつつんでひそかに治療したが数日後に死亡した。その後死体をサンチアゴの自宅に持ち帰りメディアに報告した。
イクイク村(から100kmの位置にあるアルモンテ地方(Almonte)のノリアパザ村(village La Noria Pozo)でも体長わずか7.2cmのETが発見された。このETには鋭い歯、1つの突出部、9本の肋骨があった。
the Disclosure Projectのリーダー/Steven Greer博士はこのETのDNAサンプルをとるためにチリに訪問、2012年10月18日、自身のブログに記事「Amazing New Results From Possible ET Body」として掲載、話題になった。

local pc



1993年8月7日土曜日

気象情報:エルニーニョ

気象情報:エルニーニョ
    エルニーニョが発生すると日本の夏はほぼ全国的に気温が低くなる傾向がある。
    直近のエルニーニョは2009年夏から10年春に観測された。09年夏は、北日本で
    降水量が多かったほか、気温は現在の平年値と比べ0.4度低かった。
もちろん、エルニーニョ現象が、いつも同じような気象の状況を招くというわけではありません。
Wikipedia から、最近のエルニーニョの起きた年の「日本の夏の状況」を記してみます。
「1978年冬 - 1979年夏」などの年数は、エルニーニョが継続した期間です。
    エルニーニョ現象が起きた時の日本の気温と天候
    ・1978年冬 - 1979年夏  日本は冷夏
    ・1991年春 - 1992年夏  日本は猛暑
    ・1993年夏 - 1994年冬  日本で大冷夏(日本の稲作はほとんどの地域で不作)
    ・2002年夏 - 2003年冬  東・東南アジア・欧州で大雨
    ・2009年夏 - 2009年秋  アジア全土で多雨、西日本で長期的な豪雨
    ・2012年夏 - 2012年秋  西日本~北日本の日本海側を中心とした猛暑
となっていて、多くは冷夏となっていますが、1992年と 2012年のエルニーニョの際の夏は
「猛暑」となっていますので、エルニーニョ現象が発生するというだけでは、「どのようになるかは、
その結果でしかわからない」ということになると思います。
そういえば、私は今でも覚えていますが、21年前の 1993年の時には「全国で米が不足する」と
いう1993年米騒動という事態にまでなりました。どこのお米屋さんにも「タイ米しかない」というような状態が続いたと記憶しています。
「コメが買えなくなる」なんて、想像したこともない方もいらっしゃるかもしれないですが、あの時も
「あっという間に消えた」という感じでした。2011年の震災の時のような災害が起きたわけでも
ないのに、コメがあっという間に手に入らなくなったのでした。まあしかし、それらの懸念は先のこと。
太陽活動だとかエルニーニョだとか、あと火山噴火なんかも多くなると、噴煙などで気温の
低下などに影響するなどとか、いろいろと懸念材料はありつつも、今のところは日本の春は穏やかなようです。

大地震の予知と天変地異
http://eeien1234.dosugoi.net/e643966.html


1992年9月16日水曜日

カサンドラ・マスグレイブの啓示

カサンドラ・マスグレイブの啓示 
2011/1/3(月) 午前 0:20
臨死体験と2012年
http://web.archive.org/web/20030225011845/http:/members.aol.com/yesloveisgod/says/prophecy3.html
 (2002年の古い記事から)
カサンドラ・マスグレイブの啓示
カサンドラ・マスグレイブの来世への長い冒険旅行は、ある明るい夏の日に始まりました。
彼女が言います。
「私の臨死体験は本当の贈り物であったと感じます。
私はそれが本物の祝福であったと感じます。それは本当に私を目覚めさせました。」
「私は北カリフォルニアで水上スキーをしていました、
そして私は何か珍しい事故で倒れたとき、ロープが私の左腕に巻きつき、そしてボートに引きずられてしまいました。
私は非常に速いスピードで引っ張られ、息が出来ない状態の自分に気付きました。
私の友人たちは注意を払っていなかったという理由でボートを止めはしませんでした。」
彼女が溺死し始めたとき、カサンドラは臨死体験の始まりであったと感じる、
一種の夢のような状態が始まったことを覚えています。
「突然私は、自分自身が前方へ引っ張られているのを見て、そして考えているうちに、私は身体から離れました、
これは本当に信じ難くて、非常に驚くべきことでした。」
「私は内面的なレベルで、非常に暗いトンネルを通って引っ張られていました。
そしてまったく恐怖は感じませんでした。突然、私自身が宇宙に出たように至るところに星があり、
広く開いたスペースに入って来たことに気づきました。」
 この空虚な宇宙で、カサンドラは予言を受けたと主張します。
「基本的に、私は1992年から2012年までの20年の期間があったのを見ました。
地球は大いに加速されるでしょう。これらすべてのことは大きい地球の変化によって明らかになるでしょう。」
「地震、洪水、津波、大きい風。私は同じく特に影響を受ける、
ある特定の地域の驚く地震に関して東の海の地域があったのを見ました。」
「私は非常にはっきりと、日本が海の中に滑り落ちたことを覚えています。」
「私は3日間の暗闇に類似した何かがあることを明らかにされました。
私はそれが核戦争からであるとは感じません。
私にとってそれは、太陽を阻止する火山からの煙で、むしろ自然な地球大惨事の感じでした。」

メモ・独り言・戯言
blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b/32365589.html

1992年3月7日土曜日

気象情報:エルニーニョ

気象情報:エルニーニョ
    エルニーニョが発生すると日本の夏はほぼ全国的に気温が低くなる傾向がある。
    直近のエルニーニョは2009年夏から10年春に観測された。09年夏は、北日本で
    降水量が多かったほか、気温は現在の平年値と比べ0.4度低かった。
もちろん、エルニーニョ現象が、いつも同じような気象の状況を招くというわけではありません。
Wikipedia から、最近のエルニーニョの起きた年の「日本の夏の状況」を記してみます。
「1978年冬 - 1979年夏」などの年数は、エルニーニョが継続した期間です。
    エルニーニョ現象が起きた時の日本の気温と天候
    ・1978年冬 - 1979年夏  日本は冷夏
    ・1991年春 - 1992年夏  日本は猛暑
    ・1993年夏 - 1994年冬  日本で大冷夏(日本の稲作はほとんどの地域で不作)
    ・2002年夏 - 2003年冬  東・東南アジア・欧州で大雨
    ・2009年夏 - 2009年秋  アジア全土で多雨、西日本で長期的な豪雨
    ・2012年夏 - 2012年秋  西日本~北日本の日本海側を中心とした猛暑
となっていて、多くは冷夏となっていますが、1992年と 2012年のエルニーニョの際の夏は
「猛暑」となっていますので、エルニーニョ現象が発生するというだけでは、「どのようになるかは、
その結果でしかわからない」ということになると思います。
そういえば、私は今でも覚えていますが、21年前の 1993年の時には「全国で米が不足する」と
いう1993年米騒動という事態にまでなりました。どこのお米屋さんにも「タイ米しかない」というような状態が続いたと記憶しています。
「コメが買えなくなる」なんて、想像したこともない方もいらっしゃるかもしれないですが、あの時も
「あっという間に消えた」という感じでした。2011年の震災の時のような災害が起きたわけでも
ないのに、コメがあっという間に手に入らなくなったのでした。まあしかし、それらの懸念は先のこと。
太陽活動だとかエルニーニョだとか、あと火山噴火なんかも多くなると、噴煙などで気温の
低下などに影響するなどとか、いろいろと懸念材料はありつつも、今のところは日本の春は穏やかなようです。

大地震の予知と天変地異
http://eeien1234.dosugoi.net/e643966.html



1991年1月1日火曜日

月の運行一覧表(1991年)
1991年01月02日11時54分~ 獅子座
1991年01月04日13時57分~ 乙女座
1991年01月06日19時33分~ 天秤座
1991年01月09日04時59分~ 蠍座
1991年01月11日17時06分~ 射手座
1991年01月14日06時00分~ 山羊座
1991年01月16日18時04分~ 水瓶座
1991年01月19日04時23分~ 魚座
1991年01月21日12時27分~ 牡羊座
1991年01月23日18時01分~ 牡牛座
1991年01月25日21時06分~ 双子座
1991年01月27日22時23分~ 蟹座
1991年01月29日23時03分~ 獅子座
1991年02月01日00時44分~ 乙女座
1991年02月03日05時02分~ 天秤座
1991年02月05日13時01分~ 蠍座
1991年02月08日00時23分~ 射手座
1991年02月10日13時16分~ 山羊座
1991年02月13日01時16分~ 水瓶座
1991年02月15日10時59分~ 魚座
1991年02月17日18時11分~ 牡羊座
1991年02月19日23時24分~ 牡牛座
1991年02月22日03時10分~ 双子座
1991年02月24日05時56分~ 蟹座
1991年02月26日08時13分~ 獅子座
1991年02月28日10時50分~ 乙女座
1991年03月02日15時03分~ 天秤座
1991年03月04日22時08分~ 蠍座
1991年03月07日08時35分~ 射手座
1991年03月09日21時14分~ 山羊座
1991年03月12日09時31分~ 水瓶座
1991年03月14日19時11分~ 魚座
1991年03月17日01時37分~ 牡羊座
1991年03月19日05時40分~ 牡牛座
1991年03月21日08時37分~ 双子座
1991年03月23日11時27分~ 蟹座
1991年03月25日14時43分~ 獅子座
1991年03月27日18時41分~ 乙女座
1991年03月29日23時49分~ 天秤座
1991年04月01日07時01分~ 蠍座
1991年04月03日16時59分~ 射手座
1991年04月06日05時19分~ 山羊座
1991年04月08日17時59分~ 水瓶座
1991年04月11日04時17分~ 魚座
1991年04月13日10時49分~ 牡羊座
1991年04月15日14時05分~ 牡牛座
1991年04月17日15時41分~ 双子座
1991年04月19日17時17分~ 蟹座
1991年04月21日20時04分~ 獅子座
1991年04月24日00時29分~ 乙女座
1991年04月26日06時36分~ 天秤座
1991年04月28日14時34分~ 蠍座
1991年05月01日00時42分~ 射手座
1991年05月03日12時54分~ 山羊座
1991年05月06日01時51分~ 水瓶座
1991年05月08日13時04分~ 魚座
1991年05月10日20時34分~ 牡羊座
1991年05月13日00時07分~ 牡牛座
1991年05月15日01時02分~ 双子座
1991年05月17日01時14分~ 蟹座
1991年05月19日02時30分~ 獅子座
1991年05月21日06時00分~ 乙女座
1991年05月23日12時08分~ 天秤座
1991年05月25日20時41分~ 蠍座
1991年05月28日07時21分~ 射手座
1991年05月30日19時40分~ 山羊座
1991年06月02日08時41分~ 水瓶座
1991年06月04日20時36分~ 魚座
1991年06月07日05時25分~ 牡羊座
1991年06月09日10時12分~ 牡牛座
1991年06月11日11時36分~ 双子座
1991年06月13日11時16分~ 蟹座
(以下情報は下記ページへ)

本厚木@UP運するための占星術ブログ
http://ameblo.jp/fortunecafe-ceres/entry-11339821237.html

1989年8月4日金曜日

予知情報:ババ・バンガ

プラウダ(ロシア) 2011.12.20
ババ・バンガ:動物実験により『半獣半人』が作られ始める
20世紀のいわゆる預言者と言われる人物の中で、プルがリアの盲目の女性ババ・バンガ以上に影響力のある人物を挙げることは難しいのではないだろうか。バンガはかつてそれほど影響力を持つ予言をおこなった人物だ。バンガが、2012年に世界が攻撃的で壊滅的な終末を見せると予測したとという話を聞くことがあるが、それは真実なのだろうか? どうやら、それは真実ではなく、バンガは世界の終わりは5079年だと述べていたようだ。最初に事実を書いておくと、バンガは決して具体的な未来の予測は一切述べたことがない。非常に印象的なヒントの言葉として人々に予測を提示し、そして、後の時代にその言葉の整合性が明らかになるというものが多い。
たとえば、1989年にバンガが言ったこんな言葉がある。
「もうじき、羊の肉も牛の肉も山羊の肉もなくなる。未知の多くの病気による」。
そして、20世紀から21世紀のはじめには、狂牛病と豚インフルエンザなどが流行した。そして、バンガは「シベリアの中央に注意しなさい!」と言った。
2009年8月、シベリアの発電所で事故が起き、75人の命を奪った。
他の予言者や占星術師には、2012年に地球が惑星ニビルと衝突すると予測したり、あるいは、第三次世界大戦が勃発するのではないかと述べる人々も多いが、バンガはそのようなことは語ってはいない。しかし、バンガは 2011年にヨーロッパとイスラムの国との間での戦争の勃発を予測しており、2011年8月中旬頃まではヨーロッパはイスラムの化学攻撃によって苦しむと主張していた。また、2012年の人類の滅亡はバンガは言っていないが、しかし、2012年の太陽フレアについて言及している。実際にバンガがそれを言ったかどうかは確認されていない情報だが、バンガは、2012年2月に地球が「太陽とニビルの間を通過する」と語ったという話がある。また、太陽で「爆発」があるという。それにより、宇宙ステーションと地表とのコミュニケーションが断絶される。また、それまでは地震などなかったような地域で、多くの猛烈な地震と津波に見舞われるという。そして、多くの地域が水に覆われると語った。
2046年には、人々は人工的にどんなものでも空中に上げることができるようにできる方法を学ぶ。
2066年には、イスラム教徒に対抗するために、新しい種類の「気候変動兵器」が使われる。これは、急速に気温を下げるものだ。
2100年には、人工の太陽が地球の暗い部分を照らす。
そして、2111年までには人々はサイボーグのようになる。
2125年には、人類は「地球外の兄弟」から最初の信号を受け取ることになる。
そして、2130年には、地球外生命の援助により海中に居住地区を作られる。
2164年には、「半分動物で半分人間」を作る実験が開始される。
また、バンガは、太陽が段階的に冷却していくことと、惑星の軌道がずれていくことを予測している。そして、そのための対処として、人類は新しい物理の法則を再発見しなければならず、また、地球の人種は段階的に混合されていく。そして、変化する重力への対処と、さらには、月の彗星の衝突に備えるために、地球の周囲に石と塵のベルトの形成するという。そして、人類は「何もないところ」からエネルギーを抽出するようになり、そして、遠い世界と繋がるタイムトラベルを可能とする。
さらにバンガは先の年代の予測を続ける。
3797年。地球からすべての生命が消滅する。しかし、人類は他の惑星システムに移動している。
4509年。人類は「神」とコミュニケーションできるレベルの英知を持つ。
4599年。人類は「不死」を得る。
5076年。宇宙の果てが発見される。そして、人類は、もうひとつの宇宙へと移動することを決断する。
5079年。世界が終わる。
これがバンガの予測した人類の未来だ。
すべてにおいて、明白な言葉とはいえなくとも、人類の移行や破壊の歴史のある程度の意味を持つ言葉だ。しかし、一方で、懐疑論者は、バンガはこのような具体的な予測をしたことがないとして、これが作り話だと主張する。
しかし、いずれにしても、バンガは2012年の人類滅亡については何も語ってはない。

In Deep
http://oka-jp.seesaa.net/article/241932713.html


1989年5月11日木曜日

伊豆大島群発地震


☆関東大震災等で発生した前兆現象
URL http://www.namazu119.net/zenchou.html
引用:
•伊東市で漁具がまったく売れなくなった。相模湾でまるっきり魚が取れなくなったので漁具も不要になった。海の中が濁ってあぶくが吹いているようだった。
•川崎市北端の耕地付近の水田や小川で非常に多数の小ナマズが繁殖した。この様なことはこれ以前、以後一切ない。
•川口市で、震災の起こる前ナマズが非常に繁殖した。古老は地震の前後、地熱の上昇でナマズが繁殖するのではないかという。その後このようなことは無い。
•伊豆半島で海女が海底から盛んに泡が立ってるのを見た。その後、あわびが岩に硬く吸い付いて容易に取れなくなった。
•木更津浜で局所的に、くみ潮現象(満ち潮の途中に30分~1時間急に潮が引く。引き潮の途中に30分~1時間急に満ち潮が混じる)が発生した。
•隅田川でメダカやフナがたくさん水面に浮かび、パクパクしており、素手ですくい上げることができた。
•浅草三筋町で、イヌが2週間前からあちらでもこちらでも遠吠えしていた。近所の人たちは何か変事があるのではないかと気持ち悪がった。(別の地域でも同じ報告あり)
•鎌倉由比ガ浜と材木座の間を流れる川ぶちで、足元がムズムズするので下をつかむとハゼが5、6匹とれ、川底の窪みを両手でつかむと一度に10匹くらいとれ、結局4リットルとれた。
•東神奈川の海岸寄りの運河で、ハゼが異常に発生。
•ネズミが江戸川の市川橋の下の水道管を伝わって逃げた。昼は人に見えないように、また人が邪魔しても夢中で逃げ、夜も水道管を伝わって逃げた。これが見られなくなって、2日後大地震おこった。
 :引用終了
☆地震と漁獲量の不思議な関係 起きた数と量、グラフが示す「似た形」
URL http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140131/dms1401310723004-n1.htm
引用:
昔から、魚と地震との関係についての言い伝えがある。
このイカも話題になった。
大地震が起きる海底で地殻変動など何かの変化があったことを魚が感じているのではないかということだ。
岩手県の三陸地方には、イワシ(マイワシ)がよく捕れるときには大地震があるという言い伝えがある。
1896年の明治三陸津波地震と1933年の三陸沖地震の2回の大地震の前は異常なくらいの豊漁だった。
漁獲量と地震の関係を最初に指摘したのは物理学者の寺田寅彦である。
伊豆半島・伊東沖の群発地震の毎日の数のグラフと、近くで捕れたアジやメジ(マグロの仲間)の漁獲量のグラフがよく似た形をしていることを発見した。
近年、寺田の追試をした研究がある。
1974年からの16年間に、相模湾一帯に分布している定置網27カ所の漁獲量のデータ全部を調べ上げたのである。
この期間には、伊豆大島の島民全部が島外に避難した86年11-12月の噴火があった。
伊東沖では、89年5月に始まった群発地震がどんどん盛んになって7月には海底噴火し、手石海丘を作った。
こうした伊東沖の群発地震は、この期間で11回もあった。
寺田が示したのと同じような例もあった。たとえば小田原と真鶴の間にある定置網では、伊東沖の群発地震とアジの漁獲量のグラフが並行していた。
また、熱海のすぐ南にある定置網でのアジの漁獲量は、86年の伊豆大島の噴火の前後に起きた地震の数と並行しているように見える。
これらのグラフを見せられれば、誰でも地震と漁獲量が関係があると思うほどである。
 :引用終了

★阿修羅♪
http://www.asyura2.com/13/jisin19/msg/618.html