2014年2月10日月曜日

予言情報


聖徳太子は25歳のころに飛鳥の北方「宇治」で非常に興味深い予言を残している
「・・・私の死後二百年以内に一人の聖なる皇族がここに都を作る。そこはかつてない壮麗な都になり戦乱を十回浴びても、それを越えて栄え千年の間都として栄えるだろう・・・しかし一千年の時が満ちた時には黒龍(黒船)が来るため、都は東に移される。それから二百年過ぎた頃にはクハンダが来てその都を汚すため、その東の都は親と七人の子供のように分かれるだろう・・・・」
「クハンダ」とは・・・・・仏教用語で末世に現れる悪鬼(悪心)のこと。真っ黒く汚れきっており、周囲の人の体の中も心も真っ黒く汚してしまう毒麦のような性質を持っている。これは東京の汚染や人の心のエゴイズムや慢心がいずれどうしようもない末世状態になったときに、首都機能が七つの都市に分散されることを表しているのだろうか?

黄金の金玉を知らないか?
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-1391.html












世見”幸福への近道”より: あほうどりのひとりごと
家康が入国する前の江戸
<2012.6.19>
先日も書いたと思うのですが、最近、徳川家康がどの様な思いで江戸を選んだのだろうとよく思うのです。家康が入国する前の江戸は、どんな世界だったのでしょう。
何故、このような事が気になるのかと申しますと、もしも首都直下型大地震が起きた時に、人々が難を逃れるヒントが隠されている気がしてならないからだと思います。
いつもながら突然ですが、
日比谷入江ってあるのですか?
神田山ってあるのですか?
何故か、この事が気になります。
地盤に関わる事かも知れません。
日比谷入江が現在沈下気味だと書くと、気になる方も多くおられる事と思いますが、太田道灌が築いた江戸城と、徳川家康の江戸風景が随分と違う気がしています。
現在、関東圏には3,650万人もの人が住んでいると云うではありませんか。
家康が死に場所を江戸城ではなく、駿府城を選んだ理由は何であったのか?家康さんにお聞きするすべはありませんが、人が暮らすとは自然界を変える事です。
今度我国最大級の大地震が、家康さんが開いた江戸内で起きたらと思うと、ついつい大昔の自然の在りようを知りたくなるのです。
自然が作り出す山・川・海を暮らし易さから変化させた事の意味は、私は重大だと思っているのです。
神田川は、本当はどの様に流れていたのですか?
江戸前島って、今のどの辺りですか?
江戸城周辺は、もしも大地震でも起きたり、大津波が来たら、大変な事になるかも知れない辺りに思えてしまいましたが、今日明日と云った近日中とは、今は感じてはいませんが、「備えあれば」と「生きている」実感を忘れない人は、大丈夫ですよ。

あほうどりのひとりごと
http://breakingnew-site.seesaa.net/category/10167536-1.html










��速報> 2012/6/18 13:00
いつも速報を出すと、皆様がご心配になるのではと思い、ついつい控え目になるのですが、茨城南部辺りがこれからもよく揺れると思われますので、その周辺地域の方々は気を付けて下さい。
今日、大地震は感じませんが、首都周辺が2ヶ月くらいは揺れやすいと思われます。
日頃からご自分が生きている事を自覚なさって、生き力を高めるようになさって下さい。
東日本大地震が起きた地域もまだまだ油断は出来ません。
松原照子氏”幸福への近道”より転載させていただいております。
松原さんの新刊⇒幸福への世見
こちらもオススめ⇒幸せを導く未来の暦

あほうどりのひとりごと
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